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東京家庭裁判所八王子支部 平成元年(家)3127号 審判

申立人 丸山謙 外1名

事件本人 西田砂織 外2名

主文

本件申立てを却下する。

理由

1  本件申立ての趣旨は、事件本人西田砂織(以下「本児」という。)を申立人らの特別養子とするとの審判を求めるというものである。

2  本件各関係者の戸籍謄本、家庭裁判所調査官○○による調査の結果、申立人らに対する審問の結果、その他本件にあらわれた資料を総合すれば、次のとおり認められる。

(1)  本児は、平成元年8月18日、事件本人西田英児と同西田加奈子(以下「本児の父」及び「本児の母」という。)との間の二女として出生したものであるが、同月20日、本児の母が急性心不全により死亡してしまうとの事態になって、本児の父においては、本児及びその姉香織(昭和60年11月12日生)の養育に窮することとなった。すなわち、本児の父は、○○会館に宴会係として勤務するものであって、勤務時間が不規則なため、自ら本児らの養育に当たれる状況になく、その両親も、妻が肝硬変で寝たり起きたりの状態のため、本児らの養育を援助できる状況になかった。

(2)  申立人らは、昭和59年5月2日に婚姻した夫婦であって、その間に、長男正樹(昭和60年10月24日生)及び二男大輔(昭和62年5月27日生)の2児をもうけ、精神的、経済的に安定した家庭を築いて生活してきた。申立人丸山謙は、本児の母の兄にあたるところ、上記のとおり、本児の父において本児ら姉妹の養育に窮するとの状況に立ち至ったなかで、本児の父とその両親、申立人ら夫妻、申立人丸山謙の両親(本児の母の両親でもある。)らの間で、本児ら姉妹の今後の養育について協議が進められることになった。この中で、申立人ら夫妻は、女児を育てたいとの希望もあったことから、本児を引き取り養育することを申し出て、本児の父とその両親も、これが本児にとって最善であるとして、申立人らの上記申し出を快く承諾し、本児は申立人ら夫妻が、本児の姉香織は高井良一・敏子夫妻(敏子が本児の母及び申立人丸山謙の実姉にあたる。)がそれぞれ引き取り、育てていくことになった。

(3)  申立人らは、本児が平成元年9月10日に退院するとすぐにこれを引き取り、以後、その監護・養育にあたって現在に至っている。本児は、申立人らから実子同様の深い愛情を受けて育てられ、申立人らにもよく親和して、心身ともに順調に成育してきている。申立人らの長男、二男も、本児を実の妹と信じている状態であり、その間には、極く自然に、実の兄妹の関係と同様の兄妹同士の愛情が育ってきて、家族全体の関係も良好に推移してきている。申立人らは、今後も、本児を実子同様に育てていきたいとの意欲を十分に有しており、近隣にも、本児を実子として紹介しているほどである。しかして、このように育てていく本児につき、これを単なる養子とした場合には、戸籍や、住民票、保険証等に養子と記載されることになり、実子との間にどうしても差別が生じてしまうとして、このことが将来本児に及ぼすことになるかもしれない影響について真剣に危惧しており、本児を特別養子としたいとの強い希望を有している。

(4)  本児の父は、現在においてもなお本児ら姉妹の養育に当たれる状況になく、姉香織については、いずれ成長して父親だけでも育てられる状況になったときに、これを引き取る意向でいるものの、本児については、申立人ら夫妻のもとで実子同様に育ててもらうのが最善であるとして、本児が特別養子とされることに積極的に同意している。このようなこともあって、本児の父は、本児ないし申立人ら夫妻のもとを訪れることが次第に少なくなってきている状態である。

3  以上認定の事実を踏まえ、以下、本件特別養子縁組を成立させることとするのが相当であると認められるかどうかについて検討する。

(1)  以上認定の事実に照らせば、本児は、その実方の父のもとでは養育することができない状態が続いており、本児の福祉にとって、申立人らの愛情に満ちた現在の監護・養育環境に置いておくことが適切なものであることは明らかである。本件特別養子縁組の申立ては、このような監護・養育環境にある本児が、戸籍上も、住民票や保険証等の上でも、実の親子として記載されるようになることを望んでなされたものであり、申立人らの本件申立てにかける上記願望には、心情として十分に理解できるものがある。

(2)  しかしながら、特別養子縁組は、養親となろうとする者のそのような心情を実現することを目的とする制度ではなく、劣悪な保護環境に置かれた児童を、実方の父母及びその血族との親族関係を終了させることが必要であるとの判断のもとに、養親のもとでの適切な保護環境に委ね、これを実方からの影響を排した強固な関係としてうちたてようとするものであり、だからこそ、戸籍上も通常の養子とは異なった記載がなされるのであって、「父母による養子となる者の監護が著しく困難又は不適当であることその他特別の事情がある場合において、子の利益のため特に必要と認めるときに」限り、成立させることができるのである。実子同様に記載されるものとして理解されがちな戸籍上の記載の配慮も、養子であることを秘匿することを目的とするものではなく、親族関係を切断することが養子となるものの利益であると判断された実方の父母との関係につき、戸籍上にも断絶の事実を明らかにするとともに、いったん断絶されたこの関係を、特別の必要がある場合以外には探り得ないように秘匿しておくための技術的手段であるにすぎないと解されるところである。また、法律の介入するところではないけれども、特別養子であっても、その養育の過程で、適宜の時期に養子であって実子でないことを告知し、この厳然たる事実を踏まえたうえで、強固な養親子関係を育てていくことが一般に期待されるし、また、養子であって実子でないことは、養親の側から積極的に告知しなくても、時期がくれば自然と養子の側で知ってしまう場合が多いこともよく知られているところである。

(3)  ところで、本件のように、実方の両親と養親となろうとする夫婦との間に親族関係があるような場合には、実方の父母及びその血族との親族関係を終了させても、養親を通じて実方の父母との親族関係はなお残存するのであり、完全な断絶が果たされるものではない。このような点を考えれば、本児につき実方との親族関係を断絶することは、かえって実方との関係で複雑な人間関係を生じることにもなり、本児が将来自分の出生をめぐる真実を知ったような場合を想定すれば、逆に情緒的に不安定になる要因を孕むものともなりかねない。それでもなお実方との関係を断絶するのが本児の利益になるといえるのは、本児の父が、本児の法律上の親であることを主張して、養親によるその監護・養育を著しく阻害する行動に出るおそれがあるとか、本児を虐待していたものであって、そこから断絶しなければ本児と養親との関係を育てていくうえでの障害になるなど、本児の父の本児の法律上の父としての存在自体が、本児の今後の養育にとって有害であるような特別の事情が存する場合に限られるものというべきである。

(4)  これを本件についてみれば、本児の父に上述のような事情は全くなく、単に妻の死亡という不幸な事態の発生の中で、自らの力では本児の監護・養育にあたることができなくなっただけのものであるにすぎず、本児の幸せを願いつつ、通常の社会人としての生活を送っているものであり、ここで本児の父との関係を断絶することは、本児の利益に沿うものではないと認められる。

(5)  してみれば、本件特別養子縁組は、これを成立させるに由ないものである。

4  以上のとおりであるから、本件申立ては理由がないものとしてこれを却下することとし、主文のとおり審判する。

(家事審判官 八田秀夫)

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